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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)739号 判決

控訴人 原告 牧田肇

訴訟代理人 安武宗次

被控訴人 被告 神代村農地委員会

訴訟代理人 林徹

主文

原判決を取消す。

控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人所有の別紙目録記載の土地について昭和二十三年一月二十九日に定めた農地買収計画を取消す。右買収計画に対する控訴人の異議申立に対し被控訴人が同年七月二十九日になした異議申立棄却の決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の主張は、控訴代理人において、(一)本件異議申立は縦覽期間経過後のものであるが、かゝる異議申立を受理して審議するか否かは当該農地委員会が自由なる裁量によつて決定し得べきところであるから、被控訴人農地委員会がその自由裁量によつて右異議申立を受理して審議した上、これを棄却した決定は、その内容の当否は別論として、とにかく決定自体としては適法であつて、これを法律上当然無効なりとなすべきではない。(二)仮りに右決定は無効なりとし、従つて控訴人が異議の決定及び訴願の裁決を終ることなく、本訴を提起したものとするも、控訴人にはその手続を経なかつたことについて何等の責がないから、正に行政事件訴訟特例法第二条にいわゆる「正当の事由」のある場合に該当するものであつて、控訴人としては、これらの裁決を経ることなく、適法に本訴を提起し得るものであると述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

証拠として、控訴人は、甲第一号証ないし第四号証を提出し、当審における証人田中孫一、藤井吉隆の各証言並びに検証の結果を援用し、乙号証の成立を認め、被控訴代理人は、乙第一号証を提出し、当審における証人小島源吉、小島重信の各証言、被控訴人農地委員会代表者川原平八本人訊問の結果並びに検証の結果を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

第一、本訴の適否について。

被控訴人は昭和二十三年一月二十九日控訴人所有にかゝる別紙目録記載の土地に対し、自作農創設特別措置法に基いて、農地買収計画を樹立し、右買収計画に関する書類の縦覽期間を同年二月十三日から同月二十二日までと定めたので、控訴人は同年四月二十六日右買収計画に対し、異議を申立てたところ、被控訴人において該異議申立を受理した上、同年七月二十九日に異議を理由なしとする決定をなし、該決定書の謄本が同年八月十二日控訴人に送付された事実は、本件当事者間に争いがない。

右の事実によれば、控訴人の異議申立は、縦覽期間経過後になされたものであるから、自作農創設特別措置法第七条第一項但書の規定によつて、一応不適法といわなければならない。

しかるに被控訴人は、右異議申立が期間経過後のものであるに拘らずこれを受理した上、その内容について審議を加えた末、その理由なしとして右異議申立を棄却する旨の決定をなしたものである。

よつてかく縦覽期間経過後になされた異議申立を受理した上、その内容につき判断を加えてなされた被控訴人の決定が果して有効であるかどうかという点について検討する。

訴願法第八条第三項には「行政庁ニ於テ宥恕スヘキ事由アリト認ムルトキハ期限経過後ニ於テモ仍之ヲ受理スルコトヲ得」と規定している。しかるところ地方自治法第二百五十六条第四項及び土地改良法第百三十条第二項においては、これらの法律によつて認められている処分庁に対する異議申立の期間について、右訴願法第八条第三項とほぼ同趣旨の定めがあるに拘らず、自作農創設特別措置法に認められている異議申立の期間については、かゝる特別の規定がないところから、右訴願法の規定は前記自創法の異議申立についても類推適用があるかどうかが問題となる。

元来訴願といい、異議申立というも、その行政庁の処分に対する再審査を請求する行為であることにはかわりがなく、単に処分庁自身に対して再審査を要求する場合を異議申立といい、上級行政庁に対してこれを求める場合を訴願というに過ぎないのであるから、異議申立について詳細なる手続規定を欠く自作農創設特別措置法においても、特別の規定がある場合の外は、その性質に反しない限り、訴願に関する一般法たる訴願法の類推適用があるものと解すべきである。而して右自創法による農地の買収処分が急速かつ集団的に行わるべきものであることは、固より当然ではあるが、農地買収処分にかゝる特殊な性格があるものとしても、これによつて訴願法に認められている訴願期間の徒過に対する宥恕の規定が、右買収計画に対する異議申立について類推されるに応しからざるものと断定するは妥当でなく、しかも訴願については右宥恕の規定が当然適用あるに拘らず、ひとり異議申立についてのみその準用もないものとすれば、同じく農地買収計画に対する再審査要求の手段たる異議申立と訴願との場合について、甚しく権衡を失するに至るものというべきであるから、農地買収計画に対する異議申立についても、訴願法第八条第三項の規定が類推適用され、申立期間を徒過した異議に関しても、当該農地委員会において宥恕すべき事由ありと認めるときは、なおこれを受理し得るものと解するのが相当である。

今これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証並びに弁論の全趣旨に徴すれば被控訴人は、叙上の趣旨において、本件異議申立がその申立期間を徒過したことを以て宥恕すべき事由に基くものと認めた上、これを受理したものと考えることが妥当である。

従つて本件異議申立に対する被控訴人の決定そのものは固より有効であるといわなければならない。該決定を当然無効なりとする被控訴人の所論は理由がない。

しからば、右決定は出訴の前提条件たるいわゆる「裁決」として有効であり、右決定書の謄本が控訴人に送達されたのは、前述の如く昭和二十三年八月十二日であつて、本訴の提起されたのは、本件記録によると、同年九月十日であることが明かであるから、本訴は控訴人が右決定のあつたことを知つた日から一箇月内に提起されたものである。

従つて本訴は適法なりというべきである。

第二、本件買収計画の適否について。

控訴人が本件買収計画を違法なりとする理由は、要するに本件土地は控訴人の先々代牧田環が家屋建築の敷地として買受けたものであつて、元来宅地であるから、これを農地として買収計画を定めたことは違法であるというに在る。

よつて按ずるに、前述の如く、昭和二十三年一月二十九日本件土地に対して買収計画が樹立された当時において、控訴人が右土地を所有していたこと並びに本件土地の内、地番五百七十一番の(イ)、(ロ)及び五百七十二番の三筆について、昭和十八年中、その地目が畑地から宅地に変更されたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、成立に争いのない乙第一号証、当審における証人小島源吉、小島重信の各証言、被控訴人農地委員会代表者川原平八の本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すると、(一)本件土地は昭和七年頃控訴人の先々代牧田環が買受けたものであるが、当時右土地の内、五百七十三番、五百七十四番及び六百十三番の三筆は山林であつて、五百七十一番の(イ)、(ロ)は長野弥作の耕作している畑、五百七十二番は鈴木久米吉の耕作している畑であつた、その際小島源吉は控訴人先々代のすゝめによつて、右畑地の部分を同人より借受け、爾来これを耕作してきたものである、山林の部分については、控訴人先々代のすゝめによつて、五百七十四番及び六百十三番の土地は昭和十四年頃に、また五百七十三番の土地は昭和十八年頃に、それぞれ開墾をして畑地となした上、右小島源吉において控訴人先々代よりこれを借受け爾来耕作をつづけてきたものであつて、右畑の使用について別段小作料の定めはなかつたが、その代わりとして控訴人先々代の希望に従い、右畑よりとれた野菜等を随時持参提供していたものである、その間小島源吉は控訴人先々代その他の者から、右土地に家屋を建築する計画である旨を聞かされたことのない事実並びに(二)本件土地は新宿より府中に至る甲州街道に沿つた京王線仙川駅の西南方約五、六町の農村にあつて、附近一帯は平坦で畑地が多く、現在右土地は畑として耕作され、陸麦、馬鈴薯及び玉菜等の農作物がうわつており、右五百七十三番の土地には、その西方隣接地との境界に近く松の立木三本が生えている外は、本件地上には立木なく、本件土地は良好なる畑となつている、しかも右土地の現況は、曾て五百七十三番の土地の東側に松の立木が一本あつた外、本件買収計画の樹立された当時における状況と、何等かわりがないという事実を認めることができる。

以上認定の各事実から考えると、本件土地は控訴人先々代において、家屋建築の敷地として買受けたものではなく、当初より畑地として利用する目的に出でたものであつて、右小島源吉は、本件土地の内、畑であつた部分は当初より、また山林であつた部分はその後控訴人先々代の諒解のもとに開墾して畑地となした上、いずれも控訴人先々代よりこれを借受け、爾来畑として耕作をつづけてきたものであり、本件買収計画の樹立された当時における右土地の現況は、全く畑地となつていたものであるから、右土地は当時これを農地なりと認定することが相当である。右土地の一部について、地目が畑より宅地に変更された事実があるとしても、公簿上の地目の如何の如きは、前述の如き土地の状況から、右土地を農地なりと判定するに障碍となるものではない。しかも前示認定事実からみれば、控訴人主張の如く、本件土地が宅地として利用されることを適当とするものであるとは、到底考えられない。

叙上の各認定に反する当審証人藤井吉隆の証言はにわかに採用し難く、その他該認定を飜し控訴人のこの点に関する主張事実を認めるに足る確証はない。

従つて前段各認定の事実及び成立に争いのない甲第一、二号証並びに弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地は右小島源吉が使用貸借により耕作している小作地であつて、控訴人は不在地主であることが明かであるから、被控訴人において本件土地を農地なりと認めた上、不在地主の小作地として買収計画を樹立したことについては何等の違法なく、この点を攻撃する控訴人の主張は認容できない。

なお控訴人は、本件異議申立に対する被控訴人の決定は、後段第三において主張するように、違法であるから、該決定の前提処分たる本件買収計画もまた違法であると、主張するけれども、右決定は後段において説明する通り、特にこれを違法なりと目すべき理由がないから、叙上の主張は採用できない。

第三、本件異議申立に対する被控訴人の決定の適否について。

被控訴人が昭和二十三年一月二十九日本件土地に対する買収計画を樹立し、その関係書類の縦覧期間が同年二月十三日から同月二十二日までと定められたが、控訴人は同年四月二十六日これに対して異議申立をなしたところ、被控訴人は同年七月二十九日右異議を理由なしとする決定をなし、該決定書の謄本が同年八月十二日控訴人に送達されたことは、前述の通りである。

控訴人は、本件異議申立に対する決定書の謄本の送達が著しく遅延したため、控訴人としては、該決定に対し訴願によつて救済を求め得べき機会を失つたものであつて、これは正に被控訴人の怠慢によつて訴願の途を奪われたものというべきであるから、かく法律上の義務に違背してなされた決定は違法であると主張する。

なるほど自作農創設特別措置法施行規則第四条には、市町村農地委員会が異議申立に対する決定をなしたときは、遅滞なく決定書の謄本を申立人に送付すべき旨が定められているが、これはいわゆる訓示規定に過ぎないものであつて、決定自体の効力に関するいわゆる効力規定ではないから、前記決定書謄本の送付が遅延したとの一事を以て、右決定の効力を否定すべきものではない。

元来異議申立に対し市町村農地委員会のなした決定は、原則として該決定書謄本が異議申立人に送付されたときにおいて、始めてその効力を生ずるものと解すべきであるから、これに対する訴願の提起期間を遵守したかどうかについては、専ら叙上の趣旨において、当該決定が効力を生じた時期を基準として考慮さるべきものである。従つて控訴人所論の如く、決定書謄本の送達が遅延したとの一事のみを捉えて直ちに訴願に対する不服申立の手段を喪失せしめられたものと論断することは妥当でない。しかのみならず、仮りに訴願の提起期間を逸したものとするも、本件の場合の如きは、正に訴願法第八条第三項にいわゆる「宥恕すべき事由」ありと認められる場合に該当するから、期間経過後の訴願であるとはいえ、当然上級農地委員会において受理さるべきものであるばかりでなく、また訴願の機会を失したものとするも、本件の如く、既に異議申立に対する決定があつた以上は、更に訴願の手続を経ることなく、直ちに出訴してその救済を求め得べき途が残されているものである。

しからばいずれの点から考えるも、右決定書謄本の送付が遅延したことにより、控訴人が該決定に対し不服を申立てその救済を求め得べき手段を奪われたものと断定することはできないから、単に訴願の途を喪失せしめられたとして、右決定を違法なりとする控訴人の所論は採用できない。

第四、結論

以上説明した通りであるから、本件買収計画並びにこれに対する控訴人の異議申立を棄却した決定を、違法なりとして、これが取消を求める控訴人の本訴請求は失当であつて、排斥を免れないものである。

しからば本訴を不適法として却下した原判決は相当でないから、これを取消すべきものであるが、控訴人の請求は結局認容できないから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 渡辺葆 判事 浜田潔夫 判事 牛山要)

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